輝くために独りで傷つかないで・・・ | Office Aina

「傷つきながら働く人を"0”に!」
厚生労働省人材開発支援事業
「企業内キャリアアップ面談」「人材育成企業内研修」担当

輝くために独りで傷つかないで・・・

輝くとは細かく傷をつけること


昔、上司との人間関係に悩んでいた私に友人がかけてくれた言葉です。

ダイヤモンドは輝くためにカットする=細かく傷をつけるんだよ、
と言われました。



そのときは、ただただ自分だけが傷ついていると思っていたし、
それが何の役に立つのかもわからなかったので、
目からウロコだったように覚えています。
そんな考え方もあるんだね、と。


じゃあ、傷つくことも仕方ないのか・・・とその瞬間はいい意味で
納得したように思うのですが、よくよく考えてみれば
「輝くんだよ」と言われても
やっぱり傷つくことは心が痛くなることに違いはありませんでした。


そしてその言葉に納得してしまったからこそ
限界を越えてもなお、我慢をし続けてしまったんだと思います。



輝くのは細かく傷をつけること
乗り越えられない試練は神様は与えない



励ましの際に言われた言葉です。

傷つきたくないことだってあります。
乗り越えたくない試練だってあります。


誰だって傷付けば痛いです、心が悲鳴を上げることもあります。
その言葉たちが実は私自身を追い詰めていたなんて。

とは言え、「その言葉に傷ついた」と上手く伝える術を知らないので
結局は自分で抱え込んでしまう日々でした。



本当は

強くみえる人ほど繊細だったり
弱くみえる人ほど強かだったり

目に見えることがけが真実ではないのかもしれません。


どうやって伝えればいいのかわからない


眩しいくらい輝いて見える人は、輝いている分だけ影も濃い
近頃、そんな風に感じる出来事がありました。


あくまでも私個人の感覚ですが・・・
私の周りの弱く見える・可愛らしいと言われている人は、
良い意味で甘え上手なんだと言うことに気が付きました。

自分ができないことがあるのを知っているから素直に「助けて」と言える
自分の弱い部分も知っているから「力を貸してほしい」と言える。
実は、自分の弱さをさらけ出すことができる強さを持っているのではないか
という答えにたどり着きました。



そして強く見える人は、
どうやって人に甘えればいいのか知らない人が
多いような気がします。




私自身も強く見える人に分類されるらしく・・・
どうやって助けを求めればいいのか知らないから、
自分で頑張る選択肢しか選べない。


これまた不幸なことに、自分で頑張ったら何とかなってしまったりして、
それは他人から見れば何でも自分で何でもできる人に見えてしまう。


本当は自分の弱さを人に見せることがちょっぴり怖かったり
人に迷惑をかけたくないと人一倍思っていたりするだけなんだけど。


そんな心の奥底で思っていることを誰にも伝えられず
(だってどうやって伝えればいいのかわからない)

いつの間にか、「しっかり者」や「真面目」や「頑張りやさん」
なんてラベリングがされ、どんどん他人に甘える機会を逃していく
という残念な悪循環にハマってしまう。


本当は甘えたい、疲れたと言いたい気持ちはあるのに。


だから上手く甘えられる人が羨ましい
自分の想いを言葉にできる人が羨ましい


でも、そう思う自分を許せなかったり、と
笑顔の裏で色々悩んでいるのも、また事実だったりするのです。


誰だって弱い存在なんだもの


私は実際に自律神経失調症になるくらいに
追い詰められたわけですから、
控えめに言っても、他人に甘えるのは上手とは言えません。


色々な環境があるので一概には言えないけれど、
私の場合は一人っ子で親の期待に応えようと頑張ってきました。
親の望む子ども像を演じてきました。


それは親の喜ぶ顔を見るのが嬉しかったから。
それは子ども、と言うか人間が普遍的に抱いている
「親に愛されたい」という願い。
だから親が喜ぶとわかっていれば頑張ってしまう。




しかし、人間は残念ながら良くも悪くも環境に適応できる能力
があるため、最初は褒めて喜んでいてくれた親も
「うちの子はもっとできる」と
現状では満足できなくなってくるようで・・・
もっともっとと欲が出てくる。


子どもはそれに応えようと今まで以上に頑張ってしまう
そんな環境で育ってきたら・・・
頑張ることが当たり前で、周囲の期待に応えるのも当たり前。
できない自分に腹が立ち、完璧を求める。


そして、ここに自己肯定感の低さや繊細さんと呼ばれる
HSP(Highly Sensitive Person)という性質も重なると・・・

自分で自分を追い詰めることに、何の疑問も感じない
真面目な頑張りやさんが出来上がります。


私は幸いにも自律神経失調症になったけれど
色んな出会いや学ぶ機会があって、今は普通の社会人のごとく
世の中に紛れて生きていくことができています。


若かりし頃、死ぬ気になれば何でもできると思っていたし
命より大切な仕事なんてないと信じている。

だからこの仕事を選らんだわけだけど、
それでも一線を越えた方が楽だと思う瞬間があるのかもしれない・・・
と最近は考えるようになりました。


甘えてみたいよね

誰かに相談してくれれば・・・とよく言うけれど、
相談することができないもしくは相談することで
弱みを見せる気になってしまう人もいるかもしれない。

ましてや生き馬の目を抜くような世界に生きていればなおさら。


強くて繊細な人ほど
ピーンと張ったゴムのように、
もうこれ以上伸びることができない限界状態で
何か衝撃があればプチンと切れてしまう。


もしくは表面張力のような状態。
一滴でも水滴が落ちてきたら溢れてしまう。


そんな状態だと自分の存在意義や価値を延々と考えてしまう。
そのバランスはとても危ういもののように見えます。


どれだけたくさんの人に賞賛をもらったとしても
愛してほしい存在から認めてもらえなければ
自分で自分を否定して傷つけてしまうのかもしれません。


光が大きければ大きいほど
影は濃くなったり、闇が深かったりするとかしないとか


もし、あなたの周りに何でも自分でできて
頑張りやさんがいたとしても、決して「強い人」なんて
カテゴライズしないでください。


みんな弱くて、愛されたいと願っています。
ただその方法がわからない、不器用なだけなんです。


そして、もし自分が強い人に分類されると感じたとしても
どうぞ、独りで傷つかないでください。


時には肩の荷を降ろすことがあってもいいんです。
周りに話せる人いるのであれば、その人に。

いないのであれば私のような話を聴く人間に話してみる。


そんな選択肢も入れてもらえれば・・・と切に願います。


2020年07月30日 | カテゴリー: 日々徒然