落ちこぼれ、大学生になる
巷は三連休の最終日。お休みだった人はしっかりお休みできましたか?
お仕事だった方は今日も一日お疲れ様でした。
この冬シーズンのドラマで楽しみにしているのが
「ミステリと言う勿れ」です(もう最終回ですが)
原作の漫画も読んでいて、主人公のあの飄々とした感じが好きで、
どこまでも白くて決して何色にも染まらないあの世界観を
どう映像化するのかワクワクしていました。
俳優さんの賛否両論はあるようですが、私は総じて面白いし、
いろいろと考えさせられるなぁと思いながら観ています。
2月21日の話の中で主人公の整くんは教師を目指している、
と話すのですが話し相手に教師なんて・・・と言われたときに
「その先生は みんなと一緒に あなたをカエルと呼んだ時点で ダメです.
僕のクラスに陸さんがいたら 家で何かが起こってることに 必ず気づくと思います.
香音人さんがいたとしたら その異変に 絶対気づきます」と答えました。
私も人にものを伝えることを生業としている以上、
私自身の在り方というか、人に向かい合う姿勢を考えさせられるセリフでした。
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そして高校時代にこんな先生がいてくれたら、
もっと違った3年間を過ごせていたかもしれないな、とも思います。
何事も全力投球な大学時代
高校時代のご学友(そんな高貴なものでもない)は
ほとんどの人が有名な大学に進学あそばされておりましたが、私はFラン大学。
①ラクロス部があって②史学科があって③自宅から通える
という条件のもとで受験していたのでそもそもの大学数が少ないのと、
私の頭で行けるようなレベルの大学がなかった(笑)
幸い合格できたことだし、ラクロス部もあるしってことでありがたく進学し、
無事落ちこぼれ大学生になりました。
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ぶっちゃけてしまえば、そんなに必死に勉強しなくても
優や秀の評価をもらえていたので、まあ結果オーライだったかも。
母親との約束で教職課程を取っていたから
人よりも授業数も多かったけど、
仲の良い友達と暇つぶしに中国語のクラスを受けて
「ま→ま↓ま↓ま!」と発音練習したり、
好きな人とのアレコレも楽しかったし、
ラクロス部に入るのが第一目標みたいなものだったから
夏なんて真っ黒に日焼けして裏か表かわんないくらい部活も頑張ってた。
アルバイトもカフェやスーパーのレジ打ち、
シーズンスポーツの販促でサンタクロースになったり、
絵画販売のビラを配ったり、公文式の先生だったり、
と結構いろいろなことに挑戦したなぁ。
という状態なので、アルバイトも部活も全力で
たまに授業は一休みな感じで取り組めていた。
ただ唯一の心残りは海外留学しとけばよかったーと思うことくらいで、
本当に全力で過ごしてたな、という記憶しかない。
軽い気持ちで教員免許を取ろうと考えたけど、
教職課程なんて専門の授業も多いし、
卒業単位数なんて余裕で超えるくらいの科目数の授業を受けるくらい頑張ってた。
しかも、教育実習の時は人生で5本の指に入るくらい、勉強した
(準備が大変やったので毎日寝不足やったわ)
と今思えばこの時から人に何かを伝えることに興味をもっていたのかもしれないけど、
とりあえず死ぬ気で頑張った2週間。
実際に教員採用試験には合格できなかったけど、
それでもあの経験は今の私に繋がっていると感じるからやってよかったと思う。
そして大学時代から7年間、某TV局の地球を救うボランティアに参加し続けた。
ボランティアに参加すると黄色いチャリTシャツがもらえるんだけど、
いつの間にかオカンのパジャマになってた(笑)
大学時代は途中で阪神大震災があったから、
仮設の校舎で勉強するとか地域と共同で復活祭をするとか、
仮設住宅にボランティアに回ったり、
普通に過ごしていたらできなかったような経験もしたので、
本当に意味のある4年間だったように思う。
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今でも友人たちにはパワフルとかエネルギッシュって言われる私だけど、
そんな私から見ても私の大学時代は
本当にパワフルで怖いもの知らずで何事にも向かって行っていたなぁ、と。
相変わらず人間関係はうまく築けないこともあったけど、
それでも何事にも全力で取り組んだ4年間だった。
もしかしたらこの4年で人生の半分くらいのエネルギーを
使い果たしたかもしれないと思う今日この頃です(笑)
自分じゃない自分で勝負していた
そんな何事にも全力で突っ込む私の就職活動は、めっちゃ適当。
偉そうに大学生の就活支援をしていますが、
全く持ってアカン方の見本にしかならない(苦笑)
自己分析なんてもってのほか、
志望動機なんて今の私が見たら激怒するくらいのひどさで・・・
よく採用されたものだ(笑)
と当時の私は勢いで乗り切るのが得意だったというか、
ごまかすのが得意だったと言いますか・・・。
しかも営業職として就活をしていました。
人が大好きで人の役に立つような仕事がしたいです!
と笑顔100%で明るく元気よく答えることで面接を乗り切ってきました。
でもノルマの達成とか、
1軒1軒飛び込んで営業するとか本当は絶対やりたくないことだった。
のに「営業」をしようと思っていた。
人の役に立つような仕事をしたいとこでは今でも考えていることだけど、
人が好きかと聞かれると・・・(苦笑)
だって女子って面倒くさいんだもーん、
一緒にトイレ行こうとかホンマに意味わからん・・・って性格だし、
思ったことは素直に口に出してしまうのでよく言えば正直、悪く言えばキツイ。
その部分について、大学時代の部活で
寄ってたかって文句を言われた経験があるからか
「自分の気持ちを正直に人は話してはいけない」と思うようになっていた。
そしていい意味で人に興味を持たないし、そもそも世話焼きでもない。
なので社会に出る時点で
「人が大好きで人の役に立つような人が喜んでくれる仕事がしたいです」
なんて言ってるけど、本当の私でない私
「人に興味がないし、自分の気持ちは言わないし、世話役のも嫌だ」
の部分を隠して勝負をしようとしていた。
最初は少しのズレだったものが、
年数が経つことで大きなズレになるなんて想像もできなかったし。
高校時代に植え付けられた自己肯定感の低さから、
本当の自分を見失い、自分を騙しながら過ごしていく、
そんな社会人への第一歩を踏み出すことになってしまったのでした。
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だからこそ言えることは「自分にウソはつくな」
人を騙すのもよくないけど、自分を騙すのもよくないです。
自分にこそ正直に生きてみる必要があるのかもしれないなぁ・・・
と思う弥生の半ばでした。