仕事を辞めるのも勇気が要ります | Office Aina

「傷つきながら働く人を"0”に!」
厚生労働省人材開発支援事業
「企業内キャリアアップ面談」「人材育成企業内研修」担当

仕事を辞めるのも勇気が要ります

突然その日はやってきた



ある年のゴールデンウイーク明けに急に電車に乗れなくなり、
周りの他人が全員敵だと感じるほどの恐怖を抱きながら会社に何とか到着。

そんな私は、ちゃんと定時まで仕事をしてその足で病院に向かいます。


医者に「原因はストレスです。すぐ会社を休んでください」と言われ、
自律神経失調症と診断されるわけですが・・・

真面目な私は診断書をもらい、すぐ休職の手続きを取りました。


心の中では「よっしゃー!堂々と休める」と
どちらかと言えば喜びの方が大きかったかも(笑)


それにもうこれ以上頑張れるほどの余力はなかったし、頑張れるとも思えなかったし。
徐々に身体も精神的にも追い込まれていってはいたのでしょうが、
本当に突然その瞬間がやってきたように感じました。


自律神経失調症の私が仕事を辞めるまで



何としてでも会社を休みたいくらいに追い込まれていたので、
堂々と休む大義名分ができたことで少し安心しました。

もう頑張らなくてもいいんだ、という解放感もあったかもしれません。

そして人事総務の仕事をしていたので幸いというか、
休職することについての知識も持ち合わせていました。


休職すれば健康保険組合から傷病手当金がもらえること
(傷病手当金とは業務外の疾病で会社を休むことになった人の休業補償をするものです)
を知っていたので、まあしばらく休んでも大丈夫かぁ・・・とも考えていました。


休職し始めて1ヶ月を過ぎた頃、復職するのかどうかという打診が会社からありました。

その時の私は少し休めば簡単に復職できるだろうと軽く考えていたこと、
1ヶ月ストレス源のダメ上司と離れていたので、
気持ち的には少し軽くなってきたような錯覚を起こしていました。

私自身も会社を辞めることは考えておらず、復職する方向で・・・と話を進め始めたのです。



私の社会人生活はほとんどが人事総務の経験だったことや、
人材開発グループとして仕事の範囲を広げ始めたところでもあったので、
元の部署に復職するつもりでいました。

そして想像してみたのです、
元の部署に戻って、ダメ上司と一緒に仕事をすることを。


その結果は・・・休職する前のような激しい動機、息苦しさ、身体が硬直する感じ。

何ひとつとして改善されていませんでした。



それどころか想像しただけなのに身体が震えたりと
身体中から「嫌だ」という感情が溢れ出ていました。


大嫌いなダメ上司と同じ空気を吸うことすら私の身体も心も拒否していて。


どう頑張ってみても同じ空間で仕事をすると言うことは、

自律神経失調症を悪化させるだけかもしれない、
二度と社会に復帰できないかもしれない

という怖さにしかなりませんでした。



正直に人事部の課長に「ダメ上司と同じ空間で仕事はできません」と伝えました。


すると「彼を異動させることは出来ないから、田上さんが異動になるけど・・・?」との返事が。


確かにダメ上司はグループ長、かたや私は主任。


そりゃ私が異動になるのは仕方がないにしても、
私の今までの頑張りや実績は認めてもらえなかったんだ、と体調崩すまで頑張ったのに・・・

と悔しいやらやるせないやらの気持ちが入り混じり。



彼が人事に残ったところで私より仕事ができるはずがないのに・・・
人事の仕事が好きな私が異動なんて・・・
理不尽さしか感じていませんでした。

今でこそメンタルヘルスについて会社が何等かの手立てをすることは
当たり前になりつつありますが、

今から10年以上も前の旧態依然の会社でしかも女性の私に
配慮してもらえるわけもなく。



本当に会社にとっては使い捨てのコマなんだなと痛感、
しかも今さら営業事務とか情報処理とか経理とかできるわけもなく。



私を必要としていない(と私は判断した)会社で
自分の経歴を変えてまで働く必要はあるのか?


いや、否!と思った瞬間には「こんな会社辞めてやる!」と決心しました。



仕事を辞めると決めた




ストレス源のダメ上司と一緒の空気を吸うことを想像しただけで
身体に症状がでるくらい私の心はダメージを受けていたのだと思う。


復職の話にしても、現在であれば異動は仕方ないにしても時短勤務等の措置もあるけれど、
心身ともにクタクタになった私には200%の力で働くことは無理だなと感じたし、
復職プログラムなんてものもなかったし。



また同じようになったとしたら?


家族や旦那にまた迷惑をかけてしまうかもしれない。

病名が付く前の自分を思い出し、毎日毎日愚痴って、
ダメ上司と上手くやれない自分を責め続け、また傷つくのか・・・



それも元の会社に復職するのにストップをかけた理由のひとつでもありました。
実際この会社の最寄り駅や周辺に近づけるようになるまで2年という月日を要しました。

それぐらい、心身ともにダメージを負っていたのだ、ということ。

退職するまでに3日ほど出勤しなければならなかったのですが、
まさに地獄へ向かう気持ちでした。

また気持ち、身体が付いていかないこと、そして傷病手当金を受給していたので
お金の不安は少し和らいでいたこと(旦那さんもいたしね)も
辞めることの背中を押した感はあります。



あと、もともと転職癖もあったからか、
仕事を辞めることにあまり躊躇いはなかったかもしれない(笑)

とは言え、
自律神経失調症になったことは私にとってはショックだったし
(自分で真面目だと思っていなかったから)


何でなったのかも理解できていなかったので、
社会復帰自体ができるのか?という不安がなかったわけではないのです。


傷病手当金をもらっているけど1年半しか受給できなくて、

その間に治るのか?
友人の旦那さんはうつ病再発したって言ってたし、また再発するんじゃないか?

そんな気持ちももちろんあった。


それでもやっぱり、件のダメ上司と同じ会社にいること自体がストレスで、
自分のやりたい仕事ができないのが悔しくて、その会社から逃げることを選びました。


そうです、
逃げました、私。



大きな決断をするのはとても勇気がいること。
しかも心身症のときって判断力が鈍るから大きな決断をしてはいけないと
辞めた後に知ってしまった(笑)



抱えるものや、背負うものが大きければ大きいほど
逃げることをためらってしまうかもしれない。



それでも、今の私はあの時逃げて良かったと心の底から感じています。

好きなことを仕事にもできたし
やりがいを感じることもできているし


そして、素敵な仲間にも出逢えた



決断は勇気を伴うことだと痛感しつつ
その決断が今の自分を創っていることを
本当にありがたいと感じる満月の夜でした。




2020年10月2日 | カテゴリー: 職場のストレス